TOKYO美術館あそび

東京・神奈川の気になる美術館・博物館、展覧会めぐり

紀元前6世紀から現代まで、時空を旅する指輪の物語「橋本コレクション展」

指輪は、私たちにとってどんな存在なんだろう?

 

【2023年5月31日来訪】

 

インスタグラムのリールから流れてくるのは、外国人のカップルが遊園地や海でデートしていて、男性が地面に片膝をついて、相手に婚約指輪を差し出すプロポーズの場面。

日本でコレをやる人はなかなかいないと思いますが、

恋人が指輪を贈る行為は、何の説明がなくとも「求婚」を意味することはわかります。

 

ネックレスやピアス、ブレスレットなどアクセサリーの種類はいろいろありますが、

指輪は、その中でも「願い」や「愛」が込められやすいアイテムです。

 

結婚指輪、記念日などの人生の節目に贈る指輪、家族の形見…

その人の歴史が刻まれた、その人にとって唯一無二の大切な指輪。

 

ファッションとしても、「この指輪をはめていないと、なにか落ち着かない」と、

自分にとってお守りのようなリングがひとつぐらいあるのではないでしょうか。

 

ブランドものや、ファッションアイテムだけにおさまらない、

指輪の「ディープワールド」をいっしょに旅してみましょう!

 

現代でも制作方法がわからない、謎に包まれたエトルリア人の神業「粒金細工」

「金線細工と粒金細工の指輪」(紀元前6-5世紀)エトルリア

スカラベと粒金細工」「粒金細工のヒョウ」(19世紀後半)イタリア

アクセサリー(装身具)が登場するのは、遥か2万年以上前の旧石器時代にまで遡ります。

装飾のためというよりも、猛獣や病気、悪霊から身を守るために動物の牙や爪を身に着け、魔除けや呪術的意味合いとして使用されていました。

それが、時代とともに、石や新しい素材で作られたものを着けるようになり、アクセサリーが地位や富をあらわすシンボルとなっていきます。

 

こうして、人類は、ネックレス・ペンダント・ブレスレットなどのアクセサリーを身に着けるようになっていきますが、指輪はそれよりも後に登場します。

一番古いとされている指輪は、紀元前3000年・古代エジプトの、スカラベ(フンコロガシ)のリングといわれています。

 

紀元前3000年頃(諸説あり)には、「鋳造」技術が誕生しているので、溶かした金属を型に流して凝固させる技術の発展により、造形のバリエーションがどんどん広がっていったのでしょう。

 

指輪の歴史を語る上で欠かせないのが、エトルリア人の「粒金細工」です。

紀元前8世紀から1世紀頃までイタリア半島中部で発展した古代民族で、高い金細工の技術をもっていました。

その技術は現代であっても、大変難しいものです。

 

写真の粒金の直径は0.15ミリを切るものもあり、どうやったらこんな極小の粒金が作れるのか?

バーナーもない、電気もない、火おこしすら大変だった時代に、どのようにして何粒もある粒金を一気に溶接できたのか?

エトルリア文明の終焉とともに、謎に包まれたその技術は伝承されることはなく消え去ってしまいます。

 

19世紀になって、「粒金細工」がエトルリアの遺跡から数多く出土されたことにより脚光を浴び、宝石商カステラーニによって復元されます。

この加工技術の復元により、古代宝飾品のリバイバルブームが巻き起こりますが、同時に偽造品も街中に多く出回るようになりました。

2枚目の写真、スカラベとヒョウが施された粒金細工の指輪は偽造品で、考古学者や宝石職人がエトルリア人が作ったものだと騙されて購入したそうです。

本物と比べると偽造品は、だいぶん稚拙な作りをしていると思いますが、その時代の流行に乗って、沢山の職人たちが真似て制作していたことがうかがえます。

 

カステラーニは、粒金細工の復元技法を一切残しませんでした。

高度な技術と、気が遠くなるほどの時間を要する工程のために継承されず、またもやこの技術は途絶えてしまいます。

現代でも、「粒金細工」を習得している職人は、世界にほんの一握りしかいません。

 

シンプルで可憐なのが魅力的、19世紀「エンパイアスタイル」

1852年-70年(第二帝政期)
フランスの金製ジュエリー

「パンジーまたは勿忘草」(1870年頃)


筆者が、思わず「カワイイ~!」と見惚れてしまったジュエリーです。

それは「第二帝政期」と呼ばれる、1852年から70年までのナポレオン3世(ナポレオン1世の甥)による統治時代の指輪やネックレスの数々。

この時代のジュエリーは「エンパイアスタイル」と呼ばれています。

 

ナポレオン3世の妻、ウジェニー・ド・モンティジョがこの時代の文化に強い影響を与えたと言われています。

ウジェニー王妃はスペイン出身で、フランスにとって外国から妃を迎え入れるのは、

ルイ16世(在位: 1774年~1792年)の妃、マリー・アントワネット以来のこと。

そのためもあってか、ウジェニー王妃は、マリー・アントワネット時代の「ルイ16世様式」を好みました。

 

ルイ16世様式」とは、それまでのロココ様式(繊細優美な女性的なデザイン)の反動から、質実剛健な直線で左右対称、装飾少なめのシンプルなスタイルが中心となった様式です。

 

そこに、パリ万国博覧会ナポレオン3世の統治下で1855年から開催される)で入ってきた、海外からの独自なエッセンスも取り入れられ、宮廷らしい華やかさがありながらも、エキゾチックでシンプルな、中性的デザインになっています。

 

アンティークジュエリーは、作られた時代の歴史・政治、その時代の文化を教えてくれます。

 

「飾りじゃないのよ指輪は」ミステリアスな指輪たち

「カメラが隠された指輪」(1960年代頃)ロシア

1950年代にロシアのスパイによって使用された「指輪カメラ」です。

これはもう、映画の世界ですよね!

冷戦時代初期(1940年代後半)は、カメラをタバコケースやライターに隠して使用していましたが(映画「ローマの休日」でも、主人公の友人のカメラマンがライター型カメラで王女を撮っていましたよね!)、喫煙反対運動により使用が難しくなって、代わりに指輪カメラが発達したといいます。

 

他にも、17世紀頃から作られていた、

いざというときに自害するための毒薬が隠されていた「ポイズン・リング」など、

美しいデザインの裏に隠された「真の目的」のある、ミステリアスな指輪もあるのです。

 

キラリと光る、小さな指輪に集結された職人技

「テリアのミニアチュール」(指輪は19世紀、インタリオは1890年頃)
指輪はドイツ、インタリオはおそらくイギリス

「ニーシング製のプラチナ・リング」(1981年以降)ドイツ

筆者は、ジュエリー制作をしているため、

「どうやって作ってるの?」と、どうしても技法のほうが気になってしまいます。
会場で興味をもった2作品を紹介します。

 

ひとつめは、テリアのインタリオがセッティングされた指輪です。

「カメオ」は、貝殻や石の表面に、人物や花などを「浮き彫り」したものですが、

「インタリオ」はその逆で、クリスタルなどの透明な石に「沈み彫り」したものです。

版画に近い彫り方ですね。

 

「浮き彫り」よりも「沈み彫り」のほうが技術として簡単なので、「カメオ」よりも「インタリオ」のほうが、複雑で緻密な彫刻が施されているのが特徴です。

彫った側を裏返しにして、彫られていない側を表にすることで、「カメオ」のように立体的に見えるのです。

 

このテリアのインタリオは、「ミニアチュール(小型画面に描かれた細密画)」とされているので、彫ったところに彩色がされたのだと思います。絵画的でとても面白いです。

 

ふたつめは、プラチナの金属張力だけでダイヤモンドを支えている、

ドイツ・ニーシング社のプラチナ・リングです。

写真のリングは、ダイヤモンドが小さいので非常にわかりづらいのですが、石座を使用せずに左右の金属だけで支えています。

まるでダイヤモンドが宙に浮いているかのようです。

 

ダイヤモンドに光を最大限にとりこめる究極の石留め法ですし、デザインは無駄なものをすべて削ぎ落としたこれまた究極のシンプル美。

どのように作っているのかはわかりませんが、革新的なアイデアとそれを形にできる凄腕の職人技術に、これからも目が離せないブランドです。

 

指輪の概念にとらわれない、自由すぎる指輪

「ヤールの彷徨」(1969)ビョルン・ウェクストロム

「ダンサーの指輪」

「指輪は、その名の通り、指にはめて楽しむ工芸品」という常識を、打ち破ってくれる作品です。

 

指輪の形にはなっているけれど、指にはめるとか、もうどうでもいいように見えます。

独特なデザインとフォルムは、工芸としての指輪をアートに昇華させています。

 

これはもう小さなオブジェであって、指輪になっていることで

「身につけられるアート」という新ジャンルなのでしょう。

誰かに見せるためではなく、自分のそばにいつもいて、

心に寄り添ってくれる「アートの指輪」。

 

でも、これって実は「指輪の真意」を、ピタリと言い当てているのではないでしょうか。

 

橋本コレクション展で気づかされた、「指輪」の真意

 

「橋本コレクション展 ー指輪よりどりみどりー」では、国立西洋美術館に橋本貫志氏から寄贈された、約870点の宝飾品から厳選された珠玉の指輪の数々が展示されていました。

 

指輪には、その時代の歴史、政治、宗教、商業が反映されていて、史実の裏付けとなる貴重な工芸品であり、

その時代の技術革新をリアルにみられる、小さくて美しい重要な資料でした。

 

そして、なぜ指輪は、他のアクセサリーとは違い、

「願い」や「愛」が込められやすいアイテムとなったのか?

今回の展覧会をみて筆者が気づいたのは、以下4つの要素でした。

 

  • 小さく、肌身離さずどこにでも持っていける「携帯性」
  • 自分が身につけているものを、常に自分が見られる「安心感」
  • 自分の指だけがピタリと合うことから感じる「親密感」
  • これらが高まることで生まれる、自分だけのものという「所有感」

 

この4つを兼ね備えている指輪は、

「忘れる」ことのできない「自分の一部」のような存在になっていくのです。

 

だから人類は、「いつまでも忘れないでほしい」という強い思いから、

指輪に「願い」や「愛」を込めるようになったのでしょう。

 

あなたには、大切にしている指輪はありますか?

 

 

「橋本コレクション展 ー指輪よりどりみどりー」

会期: 【終了】2023年3月18日-2023年6月11日

会場: 国立西洋美術館

チケット代(常設展): 一般 500円 / 大学生 250円

※大学生は、学生証の提示が必要

※高校生以下及び18歳未満、65歳以上、心身に障害のある方及び付添者1名は無料(入館の際に学生証または年齢の確認できるもの、障害者手帳の提示が必要)

※2024年1月現在の料金です。企画展は別料金となります。国立西洋美術館のWebサイトをご確認ください。

www.nmwa.go.jp